人はよく若かったときのことは、とくに女の人は娘ざかりの美しかったころのことを、なににもましていいときであったように語ります。 　けれど私は自分をふり返ってみて、娘時代がよかったとはどうしても思えないのです。といっても、なにも私がとくべつ不幸な娘時代を送っていたというわけではありません。 … 　もちろん、今の私がもうりっぱになってしまっめいるといっているのではありません。だけど、あのころよりはましになっていると思っています。 　そのまだましになったというようになるまで、わたしは二十年以上も地味な苦労をしたのです。失敗を重ね、冷汗をかいて、少しずつものがわかりかけてきているのです。なんで昔にもどれましょう。 … 　いま私はちょうど逆の立場になって、私の若いときによく似た欠点だらけの息子を愛し、めんどうな夫が大切で、半身不随の病気の母にできるだけのことをしたいのです。 … 　これはきっと、私が自分の力でこの世を渡っていくおとなになったせいだと思うのです。おとなというものはどんなに苦労が多くても、自分の方から人を愛していける人間になることなのだと思います。 「季刊ひろば」春季号　1972年　至光社刊

　先日、印象派の女性画家、メアリー・カサットの展覧会を見た。多くの母子像を見ながら、ふと、いわさきちひろが思い浮かんだ。 ヨーロッパの女性による美術はブルジョワから始まった。ちひろは戦後、厳しい暮らしのなかで健気に生きる母子を描き、やがて戦火のなかの子どもたちを描いた。 絵本画家に限ることなく、女性芸術家の歴史のなかでも、ちひろは重要な位置を占めている。

いわさきちひろの略歴を知るために読みました。最後の方にブックリストのページがついているのが便利です。 絵の素敵さもさることながら、すごくかわいらしくておしゃれな方だなぁと思いました。写真、絵、文章にやさしさや意思の強さを感じました。今まで特別興味がある作家ではなかったのですが、ぜひちひろ美術館に足を運んでみたくなりました。