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芥川龍之介の世界
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芥川龍之介の世界
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明治の文学は自然主義が中心で「真」を追求した。大正初期にはその反動として「美」を追求する荷風や谷崎などの唯美主義と「善」を追求する白樺派を生んだ。次の世代に属する芥川は「真」と「善」と「美」とを同時に追求して芸術的完成を成し遂げた。だがそれは屡々「小さな完成」であるとも言われる。...
明治の文学は自然主義が中心で「真」を追求した。大正初期にはその反動として「美」を追求する荷風や谷崎などの唯美主義と「善」を追求する白樺派を生んだ。次の世代に属する芥川は「真」と「善」と「美」とを同時に追求して芸術的完成を成し遂げた。だがそれは屡々「小さな完成」であるとも言われる。確かに芥川は実に多彩なスタイルとテーマで優れた短編小説を多く残したが、芥川の大作はと問われれば答に窮してしまう。この点著者中村真一郎は芥川の作品を交響曲に対する室内楽に喩えているのは面白い。芥川自身「蕪雑な未完成品より小完成品をとる」と言っている。芥川の親友で芥川への深い愛情と批判精神に満ちた比類なき芥川論(『 芥川龍之介 』)を書いた宇野浩二はそれを「小話」と呼んだ。芥川文学の「小じんまりした」傾向は、生真面目で職人気質の彼の性分もあるが、多分に彼の理知と詩的精神によるところが大きい。大作を書くには詩人であり過ぎたし、詩人に徹するには理知が強過ぎた。しかしそれは芥川文学の芸術的価値をいささかも貶めるものではない。西欧流の虚構による芸術としての小説を同時代の誰よりも正しく理解し、高い水準で完成させたのは芥川だ。 本書は芥川の死(1927年)から約30年が経過し(1956年)、ようやく文学史の一頁として芥川を客観的に評価できるようになった頃に書かれた。中村真一郎は戦後文学の第一世代を代表する作家であるが、中村の師堀辰雄の師が芥川である。芥川以前と以後の近代日本文学史の中に芥川を位置づけ、強い愛着と適度な距離感のバランスのとれた秀逸な芥川論である。芥川の多彩な短編小説群さながら、様々な切り口から成る小論の集成であり、それらがモザイク状となって多面的な芥川像を浮かび上がらせている。文章も作家の評論にありがちな癖のある表現は殆どなく論理的で明晰だ。芥川入門としても格好の書と言える。
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