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「農業を株式会社化する」という無理 これからの農業論

内田樹(著者), 藤山浩(著者), 宇根豊(著者), 平川克美(著者)

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商品詳細

内容紹介
販売会社/発売会社 家の光協会
発売年月日 2018/06/28
JAN 9784259547646

「農業を株式会社化する」という無理

¥550

商品レビュー

4.1

10件のお客様レビュー

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2021/11/17

私の理解が追いつかないのかも知れないが、農業と株式会社を、飽くなき利益を追求する組織としての株式会社を前提として書かれているように感じた。それは株式会社が大きな組織である事が想定されているのか、資本が外部から入ることで、利益を追求せざるを得ないという前提で書かれているように思える...

私の理解が追いつかないのかも知れないが、農業と株式会社を、飽くなき利益を追求する組織としての株式会社を前提として書かれているように感じた。それは株式会社が大きな組織である事が想定されているのか、資本が外部から入ることで、利益を追求せざるを得ないという前提で書かれているように思える。 実際には日本の各地で生産者が出資して運営している株式会社が多数ある。それらは利益の追求ではなく、作業と利益を分担するための組織である。当然ながら地元のことを考え、継続的に経営できることを考えているため、無理な耕作や、収穫を選択をする事は無い。 その部分をさっ引いて読むと、歴史的な情報は知らないことを知ることも出来、読みやすくありがたい内容であった。

Posted by ブクログ

2021/08/06

農水省は「強い農業」を作ると言って、補助金をばらまいている。「強い農業」とはオカミの力で作られていくものではない。強い農業とは「大規模化、効率化、生産性の向上、機械化、経費節減」を推し進めることだ。それは大量生産と大量消費の時代のままであり、時代遅れの政策だ。国際分業論からみて、...

農水省は「強い農業」を作ると言って、補助金をばらまいている。「強い農業」とはオカミの力で作られていくものではない。強い農業とは「大規模化、効率化、生産性の向上、機械化、経費節減」を推し進めることだ。それは大量生産と大量消費の時代のままであり、時代遅れの政策だ。国際分業論からみて、日本の農業は高コストだから海外から仕入れればいいと言う動きもあった。日本はカロリー自給率が先進国で一番低いことで知られる。コロナ禍で大きく変容し、また中国などの所得の向上によって日本のバイイングパワーが減少している。日本は少子高齢化、人口減少、そして低所得化に向かっていて、発展衰退国である。少なくとも衰退ではなく成熟した日本になってほしいと言う思いはある。 本書は「農業の価値」を立ち止まって考える時期に来ているのではないか?と提起する。 養老孟司があれこれ言うのは、好きではない。ただ、内田樹と平川克美は、耳を貸してもいい存在なので読んでみた。題名も「農業を株式会社化すると言う無理」と言う挑発的なのがいい。大胆に、開き直る。「弱い農業」って、なんで悪いの?  内田樹がいう「農業にも生産性をよく耳にしますが生産性が低いことが農業の手柄だと思うんです」 「GDPが10倍になったからといって、農業は10倍にならない。人間の胃袋の容量と農産物は腐ると食えないと言う消費期限の限界がある。農業の存在的理由は、人間を飢えから守ることです」「世界で米を食べる集団があり、小麦を食べる集団があり、豆を食べる集団があり、芋を食べる手段がある。そういう散らばり方が、人類が生き延びる」「多様な食文化を確保していくことが飢餓を回避するための人類学的工夫」「様々なものを食べる工夫をして食べるようにする。そのような工夫が飢えないための工夫である」というのが、この本の要点といえよう。 つまり、農業は手間がかかり、そのために人手がかかり、ヒトの雇用が進む。 まして、地方は農業が主たる産業であり、農業が地方を守る。そして、地方の景観を育んでいる。 ドイツのオーガニック農業の発展は、有機だから買うのではなく、その田舎の風景を維持するために買うのだと言う。確かに、田舎に行って、放棄された田んぼと田んぼの上にソーラーシステムがあると、非常に違和感がある。その田舎の良さの景観を守ることができていない。農業の本質的価値が、毀損しているから起こっているのだろう。 自然農法の福岡正信、奇跡のリンゴの木村秋則の主張は、東洋思想にもとずいている。自然と人間は一体なのだ。natureという言葉が、自然と翻訳された。その自然の前の言葉は「天地」だったというのが、何と無くわかった気になった。西洋では、自然は神が作ったもので、同じように人間も神が作った。一体というわけではないのだ。 仏教の教えである「草木国土悉皆成仏(そうもくこくどしっかいじょうぶつ)」とは、あらゆるものに神が宿っているという考えだ。それが八百万の神として受け継がれていく。それを、長い歴史で守って来たのが農業だった。村の祭りや行事を維持するのは、農業があって成り立つ。効率性を求めるときには、祭は無駄にしかならない。確かに、自然が贈与してくれるものを、いただいているし、農作物は作れない。単に、農作物の持つ力を発揮するように補助しているだけなのが、農業だと思う。 農業を強くするという視点で、農業を考えると失敗することは確かだ。企業が農業に参入して失敗している理由は、企業の論理を持ち込むからだと言える。内田樹と平川克美の論考はつながっている。 では、弱い農業として考えたときに、田舎の中での農業のあり方が、最も問われていくことになるだろう。その地域の伝統的な食の文化につながる農業の構築が必要だと思う。 宇根豊の農本主義の考察も、面白い。「持続可能な地域社会総合研究所」の藤山浩の農業だけでない「田舎のプロ」「田舎の拠点」という指摘も面白い。農業をおもしろくする視座が与えられる。

Posted by ブクログ

2021/07/14

読みやすさ★★★★ 学べる★★★★★ 紹介したい★★★★★ 一気読み★★★ 読み返したい★★★★ 養老孟司氏×内田樹氏の対談、面白くないわけがない。 タイトルにも惹かれた。私は学生時代農業をもっと効率良く企業化できればいいのに、と真剣に考えていたからだ。本書を読むまでその考えは...

読みやすさ★★★★ 学べる★★★★★ 紹介したい★★★★★ 一気読み★★★ 読み返したい★★★★ 養老孟司氏×内田樹氏の対談、面白くないわけがない。 タイトルにも惹かれた。私は学生時代農業をもっと効率良く企業化できればいいのに、と真剣に考えていたからだ。本書を読むまでその考えはずっとあった。だから、読みながら頭を殴られた気がした。 以下、備忘のために抜粋。 ⬛️内田樹 農業と経済成長は無関係。消費量と消費期限に限界があるから。自活、安定供給がゴール。農家は農業以外の不払い労働(草刈り、道の補修、河川の補修、森の枝打ち)を日常的にやっている。企業からするとコストとしてそれはできない。 農業は100年ベースで考えるが企業は四半期ベース、目先の利益優先。 農業の成果は自然からの贈与に拠る。ありがたいと感謝するマインドができる。お返しをしようと思う。他の業種にはない一番の違いはここ。 ⬛️宇根豊 農業は資本主義とは相容れない。経済価値の尺度では計れない。 資本主義、社会主義以外の「農本主義」。百姓仕事は労働ではない。生き物、自然相手で人が操作できるものではない。 人は時を忘れて働いているときがいちばん幸せな状態。 価値基準を経済価値から離して、この景色を守るために、という消費者意識に転換する。その村の風景は百姓のものだけでなく消費者のものである、というドイツの最近の風潮は見習いたい。

Posted by ブクログ

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