ニュースは脅かされている。事実を積み上げ、幾度もの検証をし、 問題提起を含めて公表したとしても内容に異議を唱える大きな声が 増幅されると事実は捻じ曲げられてしまう。 204年9月8日、テレビのドキュメンタリー番組として定評のあるアメリカ・ CBSの「60ミニッツ」が、ある問題を取り上げた。再選を目指し、大統領 戦の真っただ中にいた子ブッシュ大統領の軍歴詐称疑惑だ。 優秀なパイロットだったとされるテキサス州兵航空隊への入隊と勤務 実態にはおかしな点がある。時はヴェトナム戦争の時代。既に有力 政治家であったパパ・ブッシュの力を利用した、徴兵回避だったので はないか。 CBSの番組プロデューサーであった著者は断続的にこの問題を追って いたが、ある文書を入手、公式文書と突き合わせることと、当時を知る 人物から証言を得たことで放送に踏み切った。 9.11以降、アフガニスタンへ、イラクへ。若者を送り出した最高司令官が 実は徴兵回避者だったのではないか。子ブッシュにとって大きなスキャン ダルとなるはずだった。だが、スキャンダルに見舞われたのは放送した CBSであり、番組に係わった人々だった。 ブッシュ支持や右派のサイト、ブロガーは番組終了直後から放送内容 を非難し始めた。文書は偽物であると主張するだけではなく、著者や 番組で司会を務めたニュースキャスター、ダン・ラザーへの個人攻撃 が過熱して行った。 本書はその顛末を描き、「ニュースの真相」とのタイトルで映画化もされた。 海の向こうのアメリカだけが特殊なのではない。日本のインターネット上 でも似たようなことが起きている。 政権を批判すると、どこからともなく有象無象が湧いて来て汚い言葉で 発言者を追い詰める。政治的なことだけはない。変更前の2020年東京 オリンピックのエンブレムをデザインした人の、子供が通う学校までが ネット上で特定されていた。関係ないだろう、子供は。 非難を通り越して誹謗中傷を繰り返す右派にどう対処するか。残念なが らCBSは屈した。魔女狩りにも似たマッカーシーのレッド・パージを批判 したエド・マローのCBSが、ヴェトナム戦争で政府の発表と異なる報道を したウォルター・クロンカイトのCBSが、ウォーターゲート事件のただ中で 開かれた記者会見でニクソン大統領を追い詰めたダン・ラザーのCBSが、 だ。こんなに情けないことはないだろう。エド・マローがなんと言うだろう。 ニュース部門をお手軽な情報バラエティに変えたかった経営母体の思惑 もあったのだろが、CBSが独自に設けた調査委員会の結論は著者の解雇、 「イブニング・ニュース」からのダン・ラザーの降板だった。 著者が入手した文書の真偽を、私は判断出来ない。それでも文書が偽物 であるとの決定的な証拠もないのだ。それなのに、CBSの調査員会には ジャーナリズムを熟知したメンバーが含まれず、結論ありきで進んだよう にしか思えなかった。 伝えるべきことがあるのなら、どんな攻撃をも退ける。それは苦しいこと かもしれないし、厳しい道のりかもしれない。だが、ニュースを伝えるは ずのメディアが理不尽ないちゃもんに屈したら、伝えるべきことが伝わら ないではないか。 メディアが抱える問題はさまざまある。アメリカのメディアにだって、誤報 も捏造もあった。それでも私は信じたい。メディアは何かを暴いてくれる、 と。メディアは権力を監視してくれる、と。 本書は著者の無念さ、番組を一緒に作り上げて来た人々への溢れるほど の愛情が詰まっている。ただ、原書がそうなのかもしれないが日本語訳 が読み難い。注釈もないのも気になった。 映画の方は見逃しちゃったんだよな。DVDになったら観よう。ダン・ラザー 役がロバート・レッドフォードなのだもの。