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フライデーあるいは太平洋の冥界/黄金探索者 池澤夏樹=個人編集 世界文学全集Ⅱ-09

ミシェルトゥルニエ, J.M.G.ルクレジオ【著】, 榊原晃三, 中地義和【訳】

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商品詳細

内容紹介
販売会社/発売会社 河出書房新社
発売年月日 2009/04/30
JAN 9784309709611

フライデーあるいは太平洋の冥界/黄金探索者

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商品レビュー

4.3

5件のお客様レビュー

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2023/01/05

230105*読了 2023年、初読了作品となりました。 読み応えたっぷりな二段組み。 「フライデーあるいは太平洋の冥界」は、「ロビンソン・クルーソー未読の私からしたら、こちらでロビンソン・クルーソー」のストーリーを知ることになり、原作とどう違うのかも分からないままに、この小説...

230105*読了 2023年、初読了作品となりました。 読み応えたっぷりな二段組み。 「フライデーあるいは太平洋の冥界」は、「ロビンソン・クルーソー未読の私からしたら、こちらでロビンソン・クルーソー」のストーリーを知ることになり、原作とどう違うのかも分からないままに、この小説を受け入れることとなりました。 無人島に独りきりなんて、自分なら1ヶ月も持たない。前半部分のクルーソーのサバイバルに、自分なら無理と何度思ったことか。 フライデーと出会ってからの彼の変化と、あくまでも野生であり続けるフライデー。二人のやりとり自体が友情とは言えないのだけど、クルーソーにとってはフライデーへの執着心を抱かざるを得ない。 最後はまさかの展開。 「ロビンソン・クルーソー」を先に読んだ人との捉え方の違いが知りたい。 「黄金探索者」も無人島ではなくとも、野生味のあふれる小説。 しかも、「ロビンソン・クルーソー」を流用する部分があったので、この2作は冒険小説としても、ロビンソン・クルーソー繋がりとしても共通点があって、同じ巻に収められたのだと気づく。 航海のシーンにしろ、黄金探索のための島での生活にしろ、やっぱり自分には無理と思いながら読んでしまった…。 黄金探索の部分は著者の祖父の実話を取り入れていると解説で知り、こんな風に生きた人がいたことにも驚きました。同じ人間とは思えない人が世の中にはたくさんいるもんだな。 主人公が突如思い立って船旅や黄金探索に出かけ、また突然、戦争に赴き、帰還してからも急に再会があり…と展開が突拍子もなく、それがまたおもしろかったです。 冒険小説自体をそこまで読んでこなかったので、この2作は刺激的でした。

Posted by ブクログ

2015/05/16

本書は、ダニエル・デフォーの『ロビンソン・クルーソー』を下敷きにして書かれている。デフォーが「ロビンソン」を書いたのは18世紀、そしてトゥルニエが「フライデー」を書いたのは20世紀だ。かつては無邪気に信じられていた「進歩と文明」の価値転倒を狙った思想小説。 http://crit...

本書は、ダニエル・デフォーの『ロビンソン・クルーソー』を下敷きにして書かれている。デフォーが「ロビンソン」を書いたのは18世紀、そしてトゥルニエが「フライデー」を書いたのは20世紀だ。かつては無邪気に信じられていた「進歩と文明」の価値転倒を狙った思想小説。 http://critique.hatenablog.com/entry/2015/05/10/194511

Posted by ブクログ

2013/09/14

<フライデーあるいは太平洋の冥界> フライデーというのは「ロビンソン・クルーソー」に登場する黒人の名前。この作品はまさに「ロビンソン・クルーソー」のリメイクであって、原作と同様にロビンソンが遭難するところから始まる。 原作におけるロビンソンは、産業人としての特質を存分に発揮し、計...

<フライデーあるいは太平洋の冥界> フライデーというのは「ロビンソン・クルーソー」に登場する黒人の名前。この作品はまさに「ロビンソン・クルーソー」のリメイクであって、原作と同様にロビンソンが遭難するところから始まる。 原作におけるロビンソンは、産業人としての特質を存分に発揮し、計画し、実行し、結果を評価し、そして行動を修正する。つまりPDCAを回すことにより、無人島という環境を改良し文明を導入していく。いわば、近代的な理性を代表する人物である。一方のフライデーは、野蛮で教養のない人種であり、理性(と神の教え)により教化されるべき対象である。 本作においても、ロビンソンはやはり近代的理性の人である。原作同様に、技術によって島を産業化していくが、それにとどまらない。彼は島に法と規範、倫理を導入し、構成員一人の社会を島に作り出す。さらには紙と筆とで思弁的な思索を展開する。ロビンソンは、原作の産業人としての特質に加え、政治家として思想家としての特質を獲得する。まさに賞賛すべき近代的理性を体現する。 ところが、そうした近代的理性はより構築された秩序はフライデーという存在の登場により瓦解する。フライデーは原作のように容易に教化される従順な存在ではない。ロビンソンがここまで作り上げた秩序に服すことはなく、逆に秩序を次々に破壊してゆく。フライデーはどこまでも近代的理性からは自由な存在として描かれる。 ここに至って、描かれたのは原作のように近代的理性の高らかな勝利とは真逆の、近代的理性への懐疑であることが明らかになる。そして、その事実が開示されることにより、近代的理性がある限定された状況下において限定された効力しか持たないひとつの相対的な世界観に過ぎないことが示される。ここに、トゥルニエが改めて「ロビンソン・クルーソー」を書き直した意味がある。この近代的理性への懐疑が明らかになったことこそ、デフォーが「ロビンソン・クルーソー」を描いた18世紀と、20世紀あるいは21世紀の現代との決定的な違いと言える。 そんな近代的理性に疑問符がつきつけられた現代なわけだが、21世紀に入った今でもそうした認識が広く認識されているとは言い難い。近代的理性はいまだ絶対的な価値観として君臨するし、多くの人々は近代的理性に何の疑問を持つことはない。平和主義もヒューマニズムも人権主義も、その根底は近代的理性への信頼によって成り立っている。あるいは自然を礼賛する姿勢ですら理性への信頼の裏返しとも言える。 しかし、そうした現代的な視点が立脚するその基底自体の脆さを、本作は浮き彫りにする。トゥルニエが本作を書いたのは40年以上前ではあるが、それが語るところはは色褪せないどころかますます重要性を増している。 <黄金探索者> ル・クレジオの黄金探索者を1年ぶりに再読。やはりいい。これほど切ない冒険小説はない。 失われた少年時代の幸せな時間を取り戻すため、海賊の財宝という夢がいかに荒唐無稽で望みのない挑戦だとしても、愛する2人の女性と別離しても、それでも進まずにはいられない男の姿。それは全く生産的ではないし、他にいくらでも道はあった。しかし、それは男にとってただ一つの希望であり、希望を希望として繋ぎ止めるため、彼はそうせざるを得ない。その暗い情熱と激しい焦燥とが痛々しいほどに描き出されるが、それがモーリシャスの雄大な自然の描写とからみあい、なにものにもかえ難く美しい。

Posted by ブクログ

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