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青い犬の目

ガブリエル・ガルシア・マルケス(著者), 井上義一(訳者)

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商品詳細

内容紹介 内容:三度目の諦め.死のむこう側.エバは猫の中に.三人の夢遊病者の苦しみ.鏡の対話.青い犬の目.六時に来た女.天使を待たせた黒人、ナボ.誰かが薔薇を荒らす.イシチドリの夜.マコンドに降る雨を見たイサベルの独白
販売会社/発売会社 福武書店
発売年月日 1990/10/25
JAN 9784828840093

青い犬の目

¥605

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2021/08/18

ガボさん割と若い頃の短編集。幻想的ではあるけれど、いわゆるガボさん作品に見られるような饒舌さや大胆さや大変な自体をサラっと語ってしまいむしろ心に残るような特徴はまだ少ないかな。 どの作品も死を感じるんだけど、死に対して恐れている感覚がある。もっとあとに書かれた小説だと、死者が歩い...

ガボさん割と若い頃の短編集。幻想的ではあるけれど、いわゆるガボさん作品に見られるような饒舌さや大胆さや大変な自体をサラっと語ってしまいむしろ心に残るような特徴はまだ少ないかな。 どの作品も死を感じるんだけど、死に対して恐れている感覚がある。もっとあとに書かれた小説だと、死者が歩いたり雨が4年間やまなかったりするのが”当たり前”として語られるのですが、この短編集では非日常というのは特別な感じ。 体は死んでも霊魂は留まるということが、時間を超えたゆったりしたものならいいけれど、本当に死ぬことへの恐れとか、生きたまま時間の感覚を失うこととか、誰かと交流したいけどできない感覚だとか…漠然とした恐怖を感じる短編集。 最初に死んだのは七歳のときだった。魂は留まって自分の死体を見ていた。死んでも成長できるように、母は大きな棺を作った。でもやがて成長が止まり、自分の体から腐敗臭がする。本当に死んだら自分は閉じ込められるのか?それともこの昏睡状態から逃れられるのか?または死を受け入れたのでもう生まれることはないのだろうか。  /『三度目の諦め』 自分の死期を感じながら、双子の相手が死んだときのことを想う男。  /『死のむこう側』 <まるで腫瘍か癌のようにうずいていた彼女の美貌は、気がつくと、すっかり消え失せていた。彼女は美貌という特権の重みをいまだに覚えていた。P36> 自身を苛むほどの美貌の女性が夜中に起き上がろうとしたら新しい世界(死後の世界)に移行していた。 最後の一文で時間の感覚をひっくり返される感じ。  /『エバは猫の中に』 わたしたち三人は、徐々に死体に近くなる彼女の存在を感じ続けている。  /『三人の夢遊病者の苦しみ』 自分と、鏡の中自分の間には隔てるものがあるのか、あるいはないのか?   /『鏡の対話』 「青い犬の目」と言い続ける女性は、その言葉を受け取る相手を探し求めていた。道で、夢で、書物の中で。  /『青い犬の目』 いつも六時に来る女が言った。「私は今日は15分前から来ているのよ」 女がひとりの男を殺しても放っておいてやるべきだと思わない?だってその女は一緒にいた男、それまで付き合った男の全部が吐き気がするほど嫌いになったんだから。 割と現実的なお話なんだが、どこか浮いたような語り口。  /『六時に来た女』 馬に蹴られて15年経っていた。人々は痴呆になったナボを閉じ込めた。出てきたナボは馬小屋を探すがもうないんだ。よだれを垂らして座っていた女が当時を思い出して叫んだ。「ナボ!ナボ!」  /『天使を待たせた黒人、ナボ』 死んだ少年の霊魂は留まっていて、自分の死に泣いた女が育てる花を日曜日になるたびに自分の墓に供えに行っていた。彼女が死んだら毎週花を荒らしていたのは風じゃなくてぼくだったと分かるだろう。 雰囲気はわりと好きな話。  /『誰かが薔薇を荒らす』 見えないんだよ。イシチドリに目をえぐられたから。  /『イシチドリの夜』 「雨は4年と3週間と4日降り続いた」という実に印象的な一文が「百年の孤独」にあるのだが、この短編のころから考えていたのかな。 日曜日の午後から振り始めた雨が木曜日に止むお話。ガボさんの曜日こだわりも出てきた。  /『マコンドに降る雨を見たイザベルの独白』

Posted by ブクログ

2010/12/31

訳者あとがきに「魅惑的な魔術的レアリズム」という言葉を見つけたとき、自分が初めて読んだG・マルケスの作品に対して抱いていたイメージが言語化されていると感じた。「言い得て妙」というのはこういうときに遣うのだろうか。描かれている世界はとても奇妙な世界である。現実のものとは思われない。...

訳者あとがきに「魅惑的な魔術的レアリズム」という言葉を見つけたとき、自分が初めて読んだG・マルケスの作品に対して抱いていたイメージが言語化されていると感じた。「言い得て妙」というのはこういうときに遣うのだろうか。描かれている世界はとても奇妙な世界である。現実のものとは思われない。ふと、M.エンデの『鏡の中の鏡』を想起した。あれも奇妙な作品だ。しかし、『鏡の中の鏡』は私たちのいる世界とは完全に違う世界、切り離された世界を感じさせるが、G・マルケスの作品は私たちのいる世界と地続きな世界であるように思う。自らの体で空を飛ぶ鳥の世界(想像するしかない世界)が『鏡の中の鏡』なら、G・マルケスの作品は四足の獣の世界(完全には理解できないが、共感できる部分もある世界)ではないだろうか。

Posted by ブクログ

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